共済コラム

当たり前

2020年1月27日

 この年末始、筆者はインフルエンザに罹り文字どおりの「寝正月」だった。皆さんもご留意あれ。
 さて、先日、埼玉連協主催の新春セミナーに参加する機会を得た。講師は、「無関心と忖度で劣化していく政治とメディア」をテーマに、東京新聞の望月衣塑子記者。
 ご案内のとおり菅官房長官の定例会見において、巷で言われる「菅話法」に猛然と食い下がり質問を続け一躍有名になった方だ。

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 昨年の夏に彼女の著書「新聞記者」を拝読し、その著書を原案にした松坂桃李主演の映画も鑑賞していたので興味深く拝聴した。
 ちなみに「菅話法」とは、「そのような指摘はあたりません」、「まったく問題がありません」と、木で鼻をくくったような態度で定型区を淡々と繰り返すことだ。

 ここ数年、日本で起きている民主主義を踏みにじるような政権の横暴と蔓延する官僚の「忖度」は、森友・加計学園問題が起きる温床となり、「桜を見る会」問題もその延長線にあるといってよいだろう。
 また、これらの政治事件は、本来であれば一つひとつが政権を覆すほどの大事件だが、時の権力の令の元に、官僚たちが嘘と騙しで終わりにしようとする姿は滑稽にさえ映る。

 一方、一部を除くメディアは、それを平然と見過ごし最後の砦である新聞さえ、現政権の分断政策が功を奏し「権力の監視役」たる役目が薄まっている異常事態だ。
 メディアって、権力を批判してナンボのものだろう。それが民主主義国家の根幹をなすものだし、権力は腐敗するのだから監視する装置が必要なのは当然で、それこそがメディアの役割というもの。それが揃いも揃って腰の引けた、当たり障りのない質問ばかりしていてどうするんだと言いたい。
 「世界の報道自由度ランキング」で日本は、第二次安倍政権発足以降下がり続け、2016年には67位となり、ついにG7各国の中で最下位になったこともうなずける。
 翻ってJP労組は、経営の監視役も大きな役割。その責任を果たしていると組合員に映っているのであろうか?

 このような状況下で、国民の知る権利のために安倍政権に不都合な質問を発し続ける望月記者。記者クラブの面々は、彼女を「目立ちたいだけ」と非難しているようだが、その前にジャーナリズムの本質的姿勢に立ち返るべきである。
 講演で彼女は、「権力者に対して記者が質問をぶつけることは「当たり前」のことだが、いまや権力にものを言えないところまできてしまった」と話す。また、「おかしいとの声を束ねて変えるためにアクションを起こすことも『当たり前』だ」とも言う。
 今、この「当たり前」が難しくなっている。かつて筆者が若かりし頃の職場では、共済は、助け合いだから組合員なら加入するのが「当たり前」、仲間が困っている時は支え合うのが「当たり前」だった。
 筆者も彼女を見習い、もう一度この「当たり前」の再生にチャレンジする想いを強くした。

 最近増えた自民党支持、安倍総理大好きな組合員、政治嫌いの若者の皆さん、ぜひ、この「新聞記者」を読んでほしい。
 政治から距離を遠ざけることは、民主主義の義務や権利を放棄するのと同じだから。民主主義というのは、人類が血と涙で勝ち取った先人の恵みである。
 誰かが民主主義から国民を遠ざけようとするなら、絶対に許せない。

                                  (komu-taka)





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