共済コラム

人生が言葉をつくり、言葉が人を変える

2019年6月1日
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 プロ野球が開幕して約2カ月が過ぎた。だんだんと球団の強弱が見えてきそうだが、皆さんのご贔屓のチームはどうだろうか?

 

 

kinugasa

 さて、元広島カープの鉄人、衣笠祥雄さんが亡くなってから早いもので約1年が経った。故人の現役時代のエピソードで思い出すのは、巨人の西本投手から背中にデットボールを受け、肩甲骨を骨折。誰もが、連続試合出場世界記録が止まったと思ったが、翌日、代打として出場し、フルスイングで三球三振(相手投手はわが郷土の英雄、江川卓)。その時のコメントを覚えている。「一球目はファンのため、二球目は自分のため、三球目は西本君のため(それにしても江川君の球は速かった)」である。衣笠さんは前人未到の記録を更新中で、その記録をストップさせるという汚名を西本投手に与えないようにしたのだ。

 

 もう一つ記憶にあるのは、テレビで見た1979年の日本シリーズ広島と近鉄戦、両チーム3勝3敗の五分でむかえた第7戦、リリーフエースの江夏は1点リードの9回裏一死、一、三塁のピンチを迎える。その時、監督が他の投手にブルペンでの投球練習を命じたことに、江夏投手は「ワシに任すんじゃないのか」と憮然とした表情に変わる。それに衣笠さんだけが気づき、「お前が辞めるなら、俺も一緒に辞める」と瞬時に言ったという。これで江夏投手は落ち着きを取り戻し、スクイズを外すなどピンチを脱し優勝をはたす。この試合は「江夏の21球」と題する山際淳司氏のノンフィクション小説に描かれベストセラーとなった。

 言葉には、その人の信念や生き方が映し出される。そんな自分の言葉を持っている人は、それだけで魅力的である。まさに、人生が言葉をつくり、言葉は人を変えることができるのである。政治の世界では演説や国会質問などで、その人の名をとって「○○節」と評されるが、かつては、労組役員でも大会発言などで「○○節」を炸裂させた有名人が多数いた。大会は、個性的な発言と活発な議論で大いに盛り上がったものだが、最近の大会議論は寂しい限りである。弁舌鋭い論客の登場が待たれる。

 この5月に労働運動の恩師ともいうべき、関東地本委員長や中央本部財政局長を歴任され、JP共済生協の専務理事を務めた地元栃木の先輩が急逝された。「先輩からはいろんな話を聞いた。先輩が私に話してくれたことは、今も私にとって人生の金言として心の中に残っている。特に『変化に柔軟に対応するということは、変えなくてはならないことと、変えてはならないことの選択作業だ』の言葉は今も私の基軸となっている」と感謝の想いを弔辞の中で伝えた。私利私欲がないから生きざまを言葉にできる人だった。その言葉で筆者も変わったのかもしれない。

 故人は、お見舞いに伺うと病床に伏せながら最期までJP労組の行く末を案じていた。「人生が言葉をつくり、言葉は人を変える」。そんな言葉で、共済の大切さを伝え恩返しをしたい。合掌。
                                (Komu‐Taka)





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日本郵政グループ労働組合中央本部